ウスバシロチョウ

 年1回、4月下旬から6月に発生する。県内では低地〜低山地帯に分布するが局所的で、八戸市近郊では是川・松館地区があげられる。稀に翅面がまっ白になる個体があり、これは青森市東部と七戸〜十和田市の限られた産地に多い遺伝型のようである。十和田市からは極端な黒化個体も得られており興味深い。腹部体毛は白と黄色が目立ち、♂が♀より濃く、産地によって色彩が異なる。普段はゆっくり飛翔しているが、♂の求愛飛翔時は素早く、もつれ合いながら突然叢に落下するのをよく見かける。交尾初期に♂が♀の腹部に5o位の交尾のう(スフラギス)を形成し♀の再交尾を防ぐが、交尾のうが大きいのは同属とギフチョウ属の特徴。食草付近に産卵された卵はそのまま越冬、翌春孵化した幼虫はケシ科のムラサキケマン、ケマンソウ科のエゾエンゴサクなどを食す。

ウスバシロチョウ ♂
19-VI-1983 十和田市
♂ 裏面
ウスバシロチョウ ♀
29-VI-1983 岩手県
♀ 裏面
ウスバシロチョウ 白化個体
16-V-2002 七戸町
ウスバシロチョウ 黒化個体
24-V-2002 十和田市
文章:田野岡 嗣典,阿部 泰文
写真:田野岡 嗣典
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ヒメギフチョウ

 「春の女神」と愛称される。年1回、4月〜5月の雪解け間もない頃に他の蝶より先駆けて発生するが、新緑が濃くなるにつれて、いつの間にか姿が見えなくなることに由来する。その地域のサクラやフキノトウ、カタクリ、スミレの咲き始める時期に一致し、それらの花で吸蜜する。青森市、平内町、三戸町、田子町、新郷村に生息している。以前は黒石市や旧平賀町が有名な産地であったが、現在は生息が確認できない。県内だけでも後翅赤紋の発達や尾状突起形状に変異がある。隔離された地域の個体群では近親交配が避けられず、世代を重ねるうちに奇形や障害が現れてくることが知られるが、田子町から岩手県北部にかけて翅脈や斑紋異常の個体が多いようである。その中で特に孤立したオクエゾサイシン食餌群だけで発生を繰り返している産地があり、将来は絶滅が危惧される。生息地だけではなく、近隣の自然環境の保護も必要な蝶である。生息環境に同化した斑紋で地表近くを飛翔するため見つけにくい。ウスバシロチョウ同様に腹部体毛は♂が濃く、交尾後の♀は白っぽい交尾のう(スフラギス)を付けるが、ヒメギフチョウは交尾後期の離れる直前に形成される。近縁種であるギフチョウの交尾のうは黒色で区別できる。卵は食草の若芽に1cm位の卵塊で産卵されるので発見しやすい。幼虫期は約1ヶ月で、越冬は蛹。本県での主な食草はウスバサイシンとオクエゾサイシンであり、ミチノクサイシンやランヨウアオイでの発生は不明。

ヒメギフチョウ ♂
1-VI-1986 青森市
♂ 裏面
ヒメギフチョウ ♀
4-VI-1979 矢捨山
♀ 交尾のう
左:未交尾 右:交尾済み

文章:田野岡 嗣典,阿部 泰文
写真:田野岡 嗣典
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ナミアゲハ

 広い分布域を持ち、八戸市街地でも普通に見られる。寒冷地では通常年2回、5月頃に春型、7月頃に夏型が発生するが、青森県内では稀に9月下旬に第3化を発生することもある。以前、デーリー東北新聞紙面に翅が透けて見える個体が八戸で撮影されたとして掲載されたことがあるが、鱗粉が衰退した異常型であり、こういった異常個体が綺麗に羽化することは難しいと思われる。幼虫は公園や庭先に植えられたサンショウから発見されることが多いので、薬剤散布の影響も否定できない。先出のウスバシロチョウ、ヒメギフチョウはどちらかといえば原始的な要素を受け継いだアゲハチョウであるが、この蝶は分化したアゲハチョウで飛翔力も強い。キアゲハよりもクロアゲハに近い仲間で、昔からアゲハチョウの代名詞のごとく馴染みのある蝶だが、近似種のベンネットアゲハがフィリピン・ルソン島に生息しており、ナミアゲハの祖先だともいわれている。越冬は蛹で、冬までに蛹化できなかった幼虫は越年できない。県南での食樹としてミカン科のサンショウ、カラタチ、キハダ等が確認されている。

ナミアゲハ 春型♂
13-V-1983 八戸市長者山
♂ 裏面
ナミアゲハ 春型♀
13-V-1983 八戸市長者山
♀ 裏面
ナミアゲハ 夏型♂
13-VII-1983 八戸市中居林
♂ 裏面
ナミアゲハ 夏型♀
13-VII-1983 八戸市中居林
♀ 裏面
ナミアゲハ 三化型♂
30-IX-1996 八戸市吹上
ナミアゲハ 透けタイプ♀
20-VI-1998 羽化 京都市産
ベンネットアゲハ

文章:田野岡 嗣典,阿部 泰文
写真:田野岡 嗣典
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キアゲハ

 県内全域の海岸部から山岳地帯にかけて広く分布し、高標高の山頂でも縄張り活動する♂をよく見かける。一般にアゲハチョウ科の蝶は蝶道をつくることで知られ、道路や渓流などの開けた空間の同じコースを飛翔する。その中でも小高く見晴しのよい樹木の梢があれば♂の占有活動の拠点として陣取り、見える範囲内には他の♂の侵入を許さない。キアゲハではその性質が強い。発生はナミアゲハと同じく、通常年2回であるが、蛹期に休眠状態になる個体があり、その場合は年1化となる。2012年10月上旬には八戸市内自宅庭に植えたアマニュウから多数の卵と若齢幼虫を確認したが、中旬に寒さが増したせいか、卵は孵化しなかった。この年は10月に入る直前まで30℃を超える猛暑日が続いたので、第3化の母蝶が産卵したものと推測される。幼虫は多くの植物を食餌し、セリ科のミツバ、セリ、セロリ、ニンジン、ウドなどの栽培種を好む。キク科のアザミ、コスモスやミカン科のサンショウ、キハダ、コクサギ、カラタチなども食すとされる。

キアゲハ 夏型♀
16-VII-1993 八戸市高館
♀ 裏面
文章:田野岡 嗣典,阿部 泰文
写真:田野岡 嗣典
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クロアゲハ

 暖地性の蝶で冬期の寒さに弱く、青森県では極めて稀な蝶であったが日本海側で土着が確認されて以来、年々個体数が増えているようである。西津軽郡での記録が多いが、今別町や三厩村でも確認されている。青森市戸山において2012年5月に住宅地の塀に付いた蛹から羽化中の個体が発見されており、雪の多い寒冷地でも越冬できることが証明されている。八戸市でも吹上、根城地区の植栽されたカラタチやカラスザンショウから幼虫が発見されていて土着しているものと思われる。♂はオナガアゲハ同様、後翅表前縁に淡黄色の線状斑を有する。越冬は蛹。ミカン科植物を多岐にわたり広く食す。

クロアゲハ 夏型♂
12-VIII-1980 福島県
クロアゲハ 3化型♂
5-X-2000 羽化 深浦町
♂ 裏面
クロアゲハ 3化型♀
6-IX-1999 羽化 深浦町
♀ 裏面
文章:田野岡 嗣典,阿部 泰文
写真:田野岡 嗣典,工藤 忠

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カラスアゲハ

 低地〜山地帯に広く分布する。通常年2回、第1化の春型は5月上旬〜中旬、第2化の夏型は7月下旬〜8月上旬に発生する。県内で遭遇する黒っぽいアゲハチョウの殆どは本種の可能性が高いが、よく観察するとオナガアゲハやクロアゲハとは違って翅表は緑黄色から紫の鱗粉に覆われている。♂の前翅表には黒毛を密集した性標を有するが♀にはこれが無い。春型の発生期はツツジの開花期に一致し、その花で吸蜜している姿は特段に美しい。多くの亜種、地理変異が報告されており、色彩においては個体変異も加わり興味深い蝶である。幼虫はミカン科のサンショウ、キハダ、カラタチ、コクサギ等を食す。

カラスアゲハ 春型♂
12-V-1992 八戸市中居林
♂ 裏面
カラスアゲハ 春型♀
20-V-1993 八戸市中居林
♀ 裏面
カラスアゲハ 夏型♂
2-VIII-1992 八戸市中居林
夏型♀
文章:田野岡 嗣典,阿部 泰文
写真:田野岡 嗣典

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ミヤマカラスアゲハ

 ミヤマとは「深山」の意で、昆虫や植物の和名にしばしば登場する。和名のとおり、県内では山地帯に多く生息する。これは食樹であるキハダの分布によるところが大きい。前種カラスアゲハによく似るが、より綺麗で夏型は大型になる。通常年2回、第1化の春型は5月上旬〜中旬、第2化の夏型は7月下旬〜8月中旬に発生する。三戸郡田子町において低温期型と見られる個体が採集されているが、北海道の寒冷地では春に羽化するはずの蛹が初夏に羽化することも多く、この場合は春型と夏型の中間の様な形態を呈する。また、キアゲハとの雑交も確認されていて、究極美のハーフが誕生する。越冬は蛹。幼虫はミカン科のキハダ、カラスザンショウ等を食す。

ミヤマカラスアゲハ 春型♂
3-VI-1993 十和田市
♂ 裏面
ミヤマカラスアゲハ 夏型♂
3-VI-1993 十和田市
♂ 裏面
ミヤマカラスアゲハ 異常型♂
2-VI-1991 田子町
♂ 裏面
ミヤマカラスアゲハ 低温処理個体♂
22-VI-1999 羽化 中津軽郡岩木町
ミヤマカラスアゲハ♂×キアゲハ♀
交雑個体 10-VII-1997 羽化
キアゲハ♂×ミヤマカラスアゲハ♀
交雑個体 19-VI-1998 羽化
文章:田野岡 嗣典,阿部 泰文
写真:田野岡 嗣典,田澤治美

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オナガアゲハ

  県内全域で分布を拡大しているようである。通常年2回、第1化の春型は5月上旬、第2化の夏型は7月下旬〜8月上旬に発生する。八戸市近郊では是川、高館、島守地区に生息している。大きさは春型と夏型で差が著しく、小さい春型は黒く細長い翅を忙しなく小刻みに羽ばたき敏速に、夏型の♀は大きな茶褐色の翅で優雅に飛翔する。♂は低山地帯の渓流沿いに蝶道をつくり、しばしば地面に降りて吸水をする。タニウツギの花でカラスアゲハやミヤマカラスアゲハに混じって吸蜜する光景に遭遇することがある。♂はクロアゲハ同様、後翅表前縁にある淡黄色の線状班が目立つのでカラスアゲハやミヤマカラスアゲハとは容易に区別できる。越冬は蛹。幼虫はミカン科のコクサギ、サンショウ、カラタチ等を食す。

オナガアゲハ 春型♂
10-VI-1984 岩手県
♂ 裏面
文章:田野岡 嗣典,阿部 泰文
写真:田野岡 嗣典

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アオスジアゲハ

 県内では深浦町近辺のみで生息が確認され、年2回発生していると思われる。食樹であるタブノキの生息が限局しているため、他地域での発生は難しいと推測されるが、バラ科ヤマザクラでの飼育が可能だとする文献もあり、今後の調査が期待される。近縁種の多くは東南アジアの熱帯から温帯にかけて集中するが、中でも本種は広い分布域をもつことで知られる。ライトブルーで半透明な翅からは、まさに南国の蝶の印象を受ける。しかし、東北地方においての越冬は厳しく、かろうじて生き延びた個体で世代を繰り返しているため少ない。太平洋側は岩手県南部、日本海側では秋田県中部が北限とされてきたが、ここ数年の間に本県まで分布拡大したようである。越冬は蛹。本州での主な食樹はクスノキ科クスノキ、タブノキ、イヌガシ等を好んで食すとされる。

アオスジアゲハ 夏型♂
25-VIII-2007 深浦町
♂ 裏面
文章:田野岡 嗣典,阿部 泰文
写真:工藤 忠


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